「・・・・・・うそ。夢・・・・・・デスカ?」
「現実だ」
海音寺月哉はそういってほら、と、胸ポケットから一枚の紙を出す。
「これを見ろ」
月哉氏はわたしの目の前にその紙を掲げる。
それは、父親の字で、サインがしてあって、ハンコもしてあって・・・・・・。
「・・・・・・!」
瞬間的な速さは、当時の世界最速を更新する勢いだった。びりびりに破かれた紙の破片が、辺りに舞う。
「何ですかこれは!」
怒りに任せて声を荒げる。
「婚姻届」
たいしてダメージを受けることなく、海音寺月哉はひょうひょうと言った。その表情からは、笑顔さえ読み取れる。
「・・・・・・のカラーコピーだが」
「本物はどこにあるんですかっ!!」
詰め寄る勢いだったが、月哉氏のほうが上手だった。
「俺の家の金庫の中だよ」
「約束なんて、約束なんて、親父が勝手にしたことじゃないですかっ!!!!」
わたしの声が教室に響く。みんな、固唾を呑んで見守っているのがひしひしと伝わる。
「誰がなんと言おうと、この婚姻届は有効だ。お前がいやといっても、俺は」
そう言って月哉氏はわたしの耳元に顔を近づけ、
「これを利用する。邪魔するな」
「・・・・・・!!!」
この人は、危険だ。
「じょーだんじゃない!知るかっ!」
わたしは教科書を詰め込んだかばんをつかみ、そのまま教室の出口へ向かう。クラスメイトがおびえたように、道をあけてくれる・・・・・・。
「帰るのか?」
後ろから声が飛んでくる。
「帰ります。サヨウナラ」
振り向かずにわたしは言った。
「待て」
待つかよ。
わたしは教室を飛び出し、そのまま、走り出した。