私立桃李華学園
「私立紅葉星学園・・・・・・」
男が呟く。大きな部屋に大きな窓。使い込まれた机が部屋に威厳を放っている。暗いこの場所で男はにやりと笑う。
「勝ったな・・・・・・」
男の手にはパンフレットがあった。カラー版とモノクロ版。モノクロ版には『私立紅葉星学園入学パンフレット』という文字が太く躍っている。そして、カラー版では。
どかーん!
「兄貴っ!」
ドアが破壊される音。
「何だ騒々しい」
男は不機嫌そうに招かれざる客を見た。
「この塔は魔術禁止だ、桃李。それに僕のことはお兄様と呼べと言ってるだろう?」
桃李、とよばれた女性は話を無視してずかずか男のところへ近づき、
「これを見て!」
一枚の紙切れを突きつけた。
「なんだ?」
「よくみて!」
「これはパンフレットの印刷代請求書・・・・・・」
男はピシりと固まった。
カラーのパンフは2000部する予定だった。しかし、
「に、にまんぶ・・・・・・」
男はうめいた。
「誰がこんな」
「てめえのせいだろ馬鹿兄貴ーー!」
すぱこーん
思いっきり兄の頭をはたくそれは美しいカラー版パンフレット。最初のページでは理事長が挨拶の言葉とともにきらりと歯を光らせて笑っている写真があった。
その人こそ、いま頭を抑えて恨めしそうに妹を見ている男だった。
「もう、うちの学校はただでさえお金がないのに、こんなところで無駄金なんて使わないでって言ってたでしょう!それなのにカラー版にして、しかも二万部?何考えてんの?!」
「し、しかし桃李・・・・・・。紅葉星学園はモノクロだぞ!勝ったと思わんか?」
「何が?どこが?どうして勝ったなんていえるわけ?」
理事長はくちをぱくぱく動かしがっくりとひざをついた・・・・・・。
「僕は、負けたのか・・・・・・」
背負う影は暗い。
「そんなはいて捨てれるプライドなんかより、これ!」
妹の桃李は兄の様子なんぞ気にもせず、ぱしりと手を打った何人もの男子生徒が箱をふたつかかえて部屋に入ってくる。
「会長ーここにおいといていいですか?」
「ええ、ありがとうね」
兄に向けたものとはまったく違う笑みを桃李は浮かべた。
「な、なんだこのダンボール箱は・・・・・・」
兄は恐る恐る妹に尋ねる。
「配りきれなくて余ったパンフよ!このパンフ代はすべて、兄貴の給料から引かれるってことをすでに他の理事にも了解を取りました」
「な・・・・・・」
理事長は絶句した。他の理事にもすでに許可を取ってあるとは、さすが我がいとしの妹!と、思ったかどうかはその表情からは読み取れないが。
「なあ、会長って理事長にばかり厳しいよなあ・・・・・・」
「そうだなあ。でも怒った会長も素敵だ・・・・・・!」
後ろでひそひそと話す男子生徒二人に、
「そこの二人っ!うちの妹に色目を使ったらただじゃおか」
すぱこーん
桃李は見事に兄貴を黙らせ、微笑んだ。
「ありがとうみんな。このお礼はまた今度させてもらうわ(にっこり)」
「いえいえ、とんでもない。会長のお頼みを断るものなぞおりませぬ!またいつでも雑事をお申し付けくださいませ」
見たいな事を皆それぞれ口にし、男子生徒たちは去って行った。
「理事長、次の理事会、楽しみにしていてくださいね」
生徒に見せた以上の美しく(かつ恐ろしい)微笑を浮かべて、桃李は去っていった。
その部屋には大量のカラーパンフレットと、男が残された・・・・・・。
男の目はうつろに配りきれなかったパンフを見つめる。
そのカラーパンフレットにはこう書いてある。
『私立桃李華学園』と。
2006年6月26日 第二版
2006年4月5日初版