天使な話4

 がすっ

 異様な音とともに、天使の胸に金の光に輝く閃光が突き刺さる。そして間髪いれずに体中に別の光が突き刺さる。

 緑がかった翼の天使は口から血を吐き出した。そしてゆっくりと、体重がないかのように地面に落ちた。

 絶命していた。

「く・・・・・・そったれい・・・・・・」

 ザイスは肩で息をつきつき、杖をつき、つまりほうほうの体で立っていた。

「3人目・・・・・・」

 対するバールも似たような姿で立っていた。体中、血だらけになっている。もう回復魔法すら使える力はない。

 4人一組で戦ってた。国境のアナイラ河沿いの街にはもう、人が住んでいる気配はなかった。住民は天使が襲ってきたことにより、強制的に避難させられている。避難完了は二日前。そして、避難中は天使たちは襲ってこず、図ったかのように(実際は軍の協定だろうが)今日からまた、攻めて来たのだった。なのでこの街にいるのは、軍関係者か天使だけだった。

 ごちゃごちゃに立てられた街の中を天使たちと戦っているうちに、4人の仲間の2人はこときれた。街全体で起こっている天使対魔法使いの図の一幕だった。4人は3人の天使を相手に戦っていた。そして今その天使すべてを葬り去ったところだった。

「早くここを移動しないと。他の天使に見つからないうちに」

「ああ」

 バールの提案にザイスは素直に従った。とりあえずはそこらへんの無人の家で休憩を取りたい。魔法をフルで使い続けた体は限界近くだ。天使たちはめったに地上に降りてこないので、建物の中はとりあえずは安全だった。建物ごと破壊されない限りは。そして休息を軽くとった後には、別の班と交流して、加勢しなくては。

 ぽんっ

 耳慣れない音を聞き、二人は同時にそれを見た。

 死体となった天使がすべて、緑の羽根に覆われていた。まるで羽根に食われるように。死体に群がる蟻のように。そして、それは爆ぜた。

 ばんっ

 辺りに緑の羽根が舞う。それらは風に乗り、ゆっくりと硬い、誰もいない街の地面に降り立っていく。

 あまりの出来事に二人は呆然とそれを見つめた。二人の間にも、羽根はゆっくりと下りていく。

「天使の羽根がよく落ちていると思ったら、こういうわけだったのか・・・・・・」

 ザイスが苦く呟く。

「死んでなお、死体さえ残らないなんて・・・・・・」

 バールが悲しそうにささやく。と、不意に左腕に激痛が走る。バールは左腕を見て、すぐさま呪文を発した。

「光の障壁!」

 光はすぐさま、ザイスを守るように収縮していく。

「バール?どうした??」

 友人の突然の魔法にザイスは驚く。しかし、バールはそのまま有無を言わせない勢いでザイスの腕をつかむと、そのまま近い無人の家に走っていく。

「バール?」

 ザイスは慌てた。障壁の魔法が、ザイスにはかかっているが、バールにはかかっていない。ザイスはバールにも魔法をかけようとして、そのまま、無人の家の中に思いっきり押し込まれた。

「いってぇぇぇっ何するんだバール!」

 そして家の中にバールも倒れこみ、そのまま。

 起きなかった。

「バール!おい、どうした?」

 ザイスがバールに近寄る。バールの左腕にはびっしりと緑の羽毛が生えていた。

「・・・・・・!」

 ザイスはその姿に驚く。バールは左腕を抱えるようにして、苦しがっていた。

「これを抜けばいいのか!」

 バールの返事も聞かずに羽毛を抜く。

「ぐっ」

 しかし、バールが苦しむだけで、羽毛はぶちぶちぶちとまるで根が深い草をむしるようにしか抜けない。そしてすぐに生えて来る。

「くそ・・・・・・今すぐに癒しの呪文を・・・・・・」

 杖を構えるザイス。しかし、バールは苦しそうに言った。

「逃げて・・・・・・」

「何だって?」

「逃げて・・・・・・ザイス・・・・・・」

「なんでお前を置いて逃げなきゃならないんだっ!」

「があっ」

 バールは左腕を押さえる。羽毛はもう、首の辺りまで生えてきている。

「癒しの神よ、こいつの怪我を治してくれっ」

 えらくはしょった高度な呪文は、的確にバールの傷を癒していく。頬の切り傷、足の大きな傷・・・すべてがなかったように癒される。しかし、腕に生えた羽根は消えなかった。

「バール!」

 やっぱり抜くのがいいのかと、ザイスは羽根を抜こうとし、

「・・・・・・殺してくれ・・・・・・」

 バールは小さくささやくように言った。しかし、その声には力があった。

「僕を・・・・・・殺して・・・・・・」

「なぜだ!できるわけないだろ!!」

「じゃあ、逃げてくれ・・・・・・ザイス・・・・・・」

「できない!!!」

「だからザイスは・・・・・・わかってないんだよ・・・・・・」

 苦しそうにバールは微笑んだ。

「天使は兵器・・・・・・殺すんだ・・・・・・」

「バール・・・・・・お前は、天使になるのか?」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 天使になる。

 その言葉に、ザイスは叫んだ。

「なぜだ?なぜお前が!」

「ぐっ・・・・・・があぁぁぁぁあああ!」

 バールが痛みに絶叫した。

 それからの変化は激しかった。

 バールの体に羽根が生える。それは緑色から徐々に朝日のような赤色に変化していった。体中のいたるところに、小さいものから大きいものまで、大小様ざまな翼が生えるのに、時間はかからなかった。腕にも、足にも、額にも、胸にも、腰にも、指先にも、小さな翼が生えている。それは一定方向ではなく、ゆがんだ形でぐちゃぐちゃに体に刺さっているように見えた。

 そして・・・・・・最後に・・・・・・それらの翼は気が狂ったように体からはがれ、体の羽毛も散り、まさに天使、というべきところに美しい紅い翼が存在していた。

「・・・・・・だから殺してくれって言ったのに、ね」

 バールはゆっくりと立ち上がった。

 ザイスはただその光景を、呆然と見続けるしかなかった。どのくらい時間がたったのかもわからなかった。

「大丈夫。この羽根に感染能力は皆無だから」

 そういって彼は床に散らばった羽根を蹴り上げた。

 彼の姿は紛れもない、天使だった。孵ったばかりのひなのような翼。それは敵国の兵器の証。赤い翼は、ザイスに炎を思わせた。

「バール・・・・・・」

 ザイスは呼びかけた。いろいろな感情が入り組んだ、複雑な声色。

「さようなら、ザイス」

 バールは終始無表情のまま、そう言った。ただ、言っただけの言葉だった。

 そして、右腕を無造作に前に出す。

 がんっ

 壁が消え、空が見える。陽はずいぶん降りていた。その中を、生まれたての赤い天使は、なんでもないかのように飛び立った。

「まってくれバール!」

 しかし、彼は振り返りもせずに、紅い光の中を飛んでいった。

 他の天使と同じように。


「天使」の感染は、何例も発見されることとなる。

 そして、「天使」になったものたちは皆・・・・・・

2006・6・26 第二版

2006・4・28 初版

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