空使い(仮) |
「風見さん!」
そう声をかけられたのはいつもの放課後の出来事だった。わたしは学校の玄関の下駄箱の前にいて、ちょうど靴を取り出そうとしていた。
「はい?」
呼ばれて振り返ると、そこにいたのは知らない男子生徒だった。いや、まだ高校に入学したばかり、知らないクラスメートなんて両手で数え切れないから、その一人なのかもしれない。
「何か、ようですか?」
わたしは精一杯の愛想をこめて、でもちょっと困った顔をしてその男子生徒に言った。
「ちょっといいかな?時間大丈夫?」
「・・・・・・別にいいけど」
制服のエンブレムの色から同学年と判断。わたしは靴まで伸びた手を引っ込めて男子生徒を見た。
「ついてきて」
そういって彼は歩き出す。手に荷物がないところを見ると、どうやら帰り際に偶然わたしを見つけた、というよりも、いることを確信していたな、という気がしてたまらない。
「・・・・・・」
わたしは無言で男子生徒の後をついていく。気分は職員室に呼び出された副学級長だった。
男子生徒が向かったのは階段を3階分上ってまたもう1階分上った屋上だった。高校の屋上には鍵がかかってないのか、あっさりと開く。そこはわたしの見立てでは、ちょうど職員室からは見えない場所のようだった。
「風見さん、はじめまして、かな」
屋上のど真ん中まで来て、男子生徒はこっちを見もせずに言った。
「えっと、あのー、もしかして、しなくても、クラスメイト?」
わたしはおずおずと聞く。しかし、男子生徒は背中で笑った。
「はずれ。オレは風見さんの隣のクラス。」
「はー・・・・・・」
よかったような。でも、何で隣のクラスの人が、わたしにようがあるんだろうか。こっちは相手のことを知らないのに、相手はこっちのことを知ってるような態度をとってくるのがちくりとくる。
「オレは水野。水野崇」
そういって隣のクラスの水野君はこっちを向いた。わたしは彼をじっくりと検分。結構普通にいい男っぽかった。優男系だな、これは。しかし、わたしの好みではない。シュチュエーションからして、告白とか、そんなんじゃないだろうな、と、見当をつけた。
「で、なんかよう?水野君?」
「うん、風見明日香さん。実は・・・・・・」
水野君はちょっと下を向いた。そして顔を上げたときはにやりとした笑みを浮かべていた。
「君に、思い出してもらいたいことがある」
・・・・・・はい?
わたしは思いっきり首をかしげた。思い出してもらいたいことがある?何だそりゃ?幼い日の君とわたしのなんかいい思い出でもあるのかい?そんな都合よく存在するわけがない。
「そんな困らなくてもいいよ、風見明日香さん」
にやりとした笑みを浮かべて水野崇氏は右手を前に突き出した。たとえるなら、ミスターマリックの超魔術。もしくはちょっと待って、プレイバック。
「すぐに思い出すから」
ばんっ
後ろから響いた音にわたしは反射的に振りかえった。何かが破裂する音。
「あ」
屋上の給水塔が破裂していた。今来た屋上入り口の真上のものが。そして、スローモーションのように水がこっちに、降ってくる。
ざばー
わたしは水の勢いに突き飛ばされ、倒れかけたが、なんとか大丈夫だった。伊達に運動部じゃないよっ!
「水よ」
水野君の声。それに誘われたかのように水は、くねった。生き物のように、それは屋上にうごめく。
がっ
屋上の床をえぐる水。コンクリートがえぐれてるっ。
「げええっちょっと水野君?!?」
水はそのままわたしのところに襲ってくる。
「あぎゃっ!」
よけれないっ!
水が思いっきりぶつかってくる。
そしてそのままわたしは屋上に倒れることなく、くねった水に持ち上げられるようにして柵を超え、地面に落ちていった。
「ってうわあああああ!!!!」
落ちるっ!
ジェットコースターに乗ったときの、あの、お尻が浮く感覚。ぞわりと来た。
死ぬ?死ぬの?わたし、死ぬの?また?
わたしは、大量の水とともに、屋上から落ちていった。
水野崇は、風見が落ちる瞬間をはっきりと見た。すぐに視界から消える。
「フン」
彼は吐き捨てる。
そして、
あたりを、風がなぜた。
がしゃんがしゃんがしゃん・・・・・・
窓ガラスが大きく割れる音。
水野は慌てる風もなく、屋上の下を覗き込む。
風見明日香が倒れていた。
そして、水野から風見の一直線上の階の窓ガラスは、すべて、外から中へ割れていた。
騒ぎを聞きつけた生徒達が集まってきている。
「・・・・・・封印は、解けたのか?」
水野は給水タンクからあふれる水を無視して、屋上のドアへ向かう。じきにここにも人が来るだろう。
「風使いのくずが・・・・・・」
彼はドアの向こうへ消えた。
2006年6月26日 第二版
2006年5月9日 初版