魔法少女2

 雨は降り続く。

 入梅したばかりの6月の空は、毎日が水分供給過剰だった。

 彼女は恨めしげに腕時計と、空と、地下歩道入り口をにらんだ。

 1時30分。

 約束は1時。

 駅の前。

 待ち人は、来ない。

 雨のせいで遅れているのだろう、と、彼女はメールを送ってみる。しかし、返事が来ない。電話をかけてみる。留守電だ。どうしようもなく、ただ、ずっと、待っていた。地下歩道からやってくるはずの待ち人を、ぼんやりと、でも、しっかりと探しづつける。

 雨の中、しかも、昼間。人通りはまばらだった。

「やっぱり、雨だしね・・・・・・」

 彼女はポツリと呟いた。

「ぴっぴぴーぷっぷっぷーぴっぴぷっぷぷぴー♪」

 突然聞こえた変な歌。思わず彼女は顔を腕時計から移した。

 ピンクの髪を元気いっぱいにふたつ縛りにした女の子。彼女は傘をさして水溜りををばさばさ歩いていた。いや、水溜りの中で踊っていた。カサは定番の黄色のかさだが、なぜか先端にピンクのハートの飾りがついている。青と白のふりふりのスカートに、これまた定番の黄色い長靴。そこにもピンクのハートの絵が、ちょこんと描かれていた。

「こんにちは、おねえしゃん!」

女の子は、水溜りをばしゃばしゃやりながら、不意ににこりと声をかけてきた。「わたし、魔法少女見習い、モモチョコ。ひとは、モモちゃんってよぶの」

「もも、ちゃん・・・・・・?」

 彼女は、少女のあまりの勢いにのせられて、つい口を動かしてしまった。

「うん。よろしくね!おねえしゃん」

「よ、よろしくね・・・・・・」

 女の子はばしゃり、と、両足から水溜りに着地した。

「おねえしゃんの願い事を、かなえてあげるよ」

「え?」

「願い事、ない?」

 彼女は面食らいつつ、答えた。

「急に言われても、ね・・・・・・」

「おねえしゃんはここで人を待ってるの?」

「!」

 彼女はさっと視線を自分のパンプスに向けた。

「あの人は・・・・・・来ないの」

「そうなの?それがおねえしゃんの願い?」

 少女のかさのハートの飾りがきらりと光った。

「ももちょこももちょこまじょっこぴぷぺ!おねえしゃんは待ち人来ないって信じたい!!!」

「え?」

 彼女ははっと顔を上げた。

 ハートがきらきら輝きながら、ピンクの光を放っている。

 そこで彼女の意識は薄れ・・・・・・

 

「ふーーー。食べた食べた・・・・・・」

 目の前にはチョコレートパフェの入っていた器がとてっと置いてある。

 まわりのお客はこちらを向いてざわついているが、一番ざわついているのは店員だろう。

「あ、すいませーん」

 彼女は店員を呼び止める。店員はびくっとしながら愛想笑でやってくる。

「お冷ください」

 彼女の注文に安堵して、店員は水を取りに奥に引っ込む。

「ふーーー」

 彼女は再び満足なため息をついた。

 あんみつ、シュークリームケーキ、大福、チョコレートケーキ、りんごのクッキーと紅茶セット、オレンジジュース、ココア、そしてしめのチョコレートパフェ。とにかくたくさん、たくさん食べた気がした。明日はにきびのふたつやみっつは覚悟しなくてはいけないだろう。

「そういえば・・・なんでわたし、駅まで来たのかしら?」

 5千円札をだし、おつりは少ししかかえってこなかった喫茶店の会計に少しへこみながら考える。別に甘いものは好きだけど、何であんなに食べただろう? でも、無駄だ!と思うような時間じゃなかった。

「ま、いいか」

 彼女は、空を見上げた。ちょうど梅雨の晴れ間、太陽がのぞき、水溜りがきらきら輝いていた。なんだか、水溜りにわざと入って、ばしゃばしゃやりたい気分になった。

 

 

おわり

 

2006年6月26日 第二版

2006年6月18日 初版

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