バジルさん |
市場は賑わっていた。
久々の市場だった。彼は浮き足立っている。
「うるさいやつがいないっていうのは、いぃなあ〜!」
露骨にそう叫んで、右をみる。
「そうですね。うるさいじじぃやばばぁがいない、というのはいいもんです」
さらりとそう言った連れに彼は思う。
(おまえもうるさいじじぃだろっ!!)
だが、口に出して言うと、どうなるかたまったもんじゃない。
建国三千年を超える(らしい)アンバス国。首都、アンバーラを中心に東西に伸びる道はアンバスの重要な交易通路になっている。ゆえに首都の市場にはものすごい量の商品が彩りを競っている。遠い国の果物(の干したもの)、珍しい貝殻、宝石にくず石、燃える水、もちろん、近場の農場から朝一番で取れた新鮮な野菜や果物もそろっている。国の首都にふさわしい市場だ。
「アレク、あんまり長居は禁物ですよ。じじぃやばばぁにばれたら、たまったもんじゃないですから」
アレク、と呼ばれた少年はわかってるよ、と、右側の頭ふたつ分高い男性に向かって言い返す。
「バジルこそ、あんまり目立つ行動はするなよ?ただでさえお前は目立つんだから」
「そうですか?」
バジルはにこりと微笑む。すらりとした長身、白い肌に長い銀髪を後ろにまとめ、瞳の色は美しい緑。そんなバジルは帽子をかぶり、マントを羽織り、いかにも旅人然、としたかっこだが、やっぱりなぜか目立っている。
(まあ、もとがいいからなぁ)
対するアレクは一般的な赤い髪、青い瞳の典型的なアンバス人だ。市場にいれば埋没してしまう容姿と、どこにいても目立つ銀髪を比較するだけ無駄だと思う。
「ところでアレク。突然とっぴににわか雨のように思いがけず、なぜ市場に行こうと思ったんですか?」
バジルの質問に、アレクはギクリ、として、慌ててもとの顔を取り繕った。
「ヒマだからだよ。それに、市民がどのように暮らしているかを視察するのも、自分の役目だろ?」
「うそですね」
バジルはぴしゃりと言い切った。
「アレクの今日の予定は、夜の花待ちの宴のみ。お嬢様がアレク目当てにたくさん集まるというのに、ドタキャンですか?」
右を見ずともバジルのふふふふふぅーといういやな笑みは容易に想像できる。
「……どうせ、みんなの狙いはロイドだよ」
多少すねたような言い方で、アレクは言い、はっとして首を振った。
「いや、別にオレは……」
「そうですか……そんなに兄上ばかりもてるのがいやですか」
バジルはにやにやのまま言う。
「でも、カスミソウがあるから、バラやユリが映えると思わない?」
「オレは引き立てやくだよ!どうせ!!!」
気にしていることをズバッといわれてアレクはへこんだ。
(あー、なんで自分でいってしまったんだろ……)
自分で認めてるようなもんだ。カスミソウだということを。
「まあまあ落ち込まないでアレク。わたしがあの水風船を買ってあげるから」
「いらねぇよっ!!」
二人はいろいろな店を見ながら楽しんだ。
アレクはもちろん久しぶりだったからだし、バジルは単純にお祭り騒ぎなこんな雰囲気が好きなのだろう。何人かの女の子に手を振っていたし、お昼を買ったお店でおまけをもらっていた。
「ソンだ……」
おばちゃんにおまけでもらった揚げパンを一人で食べているバジルを見上げながらアレクは呟いた。
「なんでオレはこんな顔に生まれたんだ……」
「この顔の差は上げパン一個のさじゃないか、高々」
上げパン一個の差って、どれぐらいなんだろう?オレの顔に揚げパン一個付け足したら、あんな顔になるのか?
(揚げパン以外にも差がついてると思うけどね……)
アレクはドーナツをかじって、ちょっとため息をつきたくなった。
2007年1月28日初版